山龍ブログ - 誰にも文句言わせへんで!コラム

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  • 今年のアベノミクス2018
    続き

    今回はまだ長期金利(10年物国債利回り)の誘導水準や(主に国債購入とETF購入による)
    マネタリーベース増の目標額は維持されています
    しかし、重要なのは、「フォワードガイダンスの導入」を政策変更の最初のメニューとして
    提示した点です
    「フォワードガイダンス」とは、インフレ目標と政策金利水準をリンクさせるものであり
    将来を含む政策金利の適正水準をアナウンスメントすることによって金融政策スタンスを
    市場に伝達しようとするものです
    すなわち、今後の金融政策スタンスは、マネタリーベース(量)やイールドカーブ(長期
    金利も含めた金利体系全部)で判断するのではなく、政策金利水準で判断して欲しいという
    日銀のメッセージだとも受け取れます

    こう考えると、今後の金融政策における「量(マネタリーベース、国債やETFの購入額)」
    及び10年物国債利回りの誘導水準の役割は徐々に後退し、やがて政策目標から除外されて
    いくでしょう
    この考え方は、現在の金融政策論における「国際標準」でもあります
    具体的にいえば、金融政策が「緩和的か」、「引締め的か」を判断する基準は、実質政策金利
    (名目の政策金利からインフレ率を控除したもの)が「自然利子率(景気に対して中立的
    な実質政策金利水準)」と比較して低いか高いかで判断するという考え方です
    実質政策金利が自然利子率より高ければ「引締め的」、低ければ「緩和的」であると判断
    されるのです
    そういう意味では至ってシンプルで、ハッキリした指標です
    例えば、現在、米国の政策金利であるFF金利は2%弱(7月30日時点では1.91%)で
    米国のインフレ率(コアPCEデフレータ)は直近(6月時点)で前年比+1.9%ですから
    実質政策金利はほぼ0%となります
    一方、サンフランシスコ連銀がアップデートしている米国の自然利子率の水準は2018年
    1-3月期時点で0.14~0.57%です
    自然利子率には何通りかの推定方法があるため、幅をもってみる必要がありますが
    いずれにしても、米国の場合、まだ実質政策金利は自然利子率を下回る水準で推移している
    と推測されるため、FRBの金融政策スタンスは依然として「緩和的」であると判断され
    るのです

    FRBが「量」から脱却し、金利政策を押し進めていることを考えると、今回の日銀の
    「政策変更」はまさに「金融政策の正常化」に向けた動きであると考えられます
    ECB(欧州中央銀行)も12月をもって量的緩和を終了し、その後は政策金利水準でもって
    金融政策スタンスを判断する局面に移行することを決めているため、この動きは一見
    正しそうにみえますが、果たしてそうなんでしょうか

    そもそもこの考え方は、プリンストン大学のマイケル・ウッドフォード教授らが、戦前に
    活躍したスウェーデンの経済学者であるクヌート・ヴィクセル(Johan Gustaf Knut Wicksell)
    の理論を現代のマクロ経済モデル上で焼き直したものです(そのため「Neo Wicksellian」と
    いわれています)
    この考え方は1990年代終わりから2000年代半ばにかけて大きく発展しましたが
    2000年代終盤に一旦はメインストリームから外れました
    これは、2008年のリーマンショックをきっかけにFRBが量的緩和政策を採用し、(名目)
    政策金利は下限であるゼロ金利にはりついてしまったためです
    理論的には政策金利はゼロに到達するとそれ以降は効果を失う(金利政策無効論)ためです
    リーマンショック以降、しばらくはゼロ金利政策・量的緩和政策の局面となったため
    この考え方は有効性を失ってしまったのですが、その後、米国は経済の回復からゼロ金利
    状態を見事に脱しました
    現在、米国の政策金利であるFF金利は2%弱の水準まで回復したため、再びこの考え方が
    有効になったというのが背景です
    すなわち、この「Neo Wicksellian」的な考えは、「デフレレジーム」では有効ではなく
    通常の「マイルドインフレ・レジーム」になって初めて有効になるのではないかと考えられます

    そこで、日銀の話に戻すと、日本のインフレ率を決める要因として、どの程度の割合の
    人々が将来デフレは解消されるか、それともこのまま続くと考えているのか、という点が
    重要ではないかと考えられます(所謂「レジームスイッチングモデル」の考え方)
    そして、日本はまだ「マイルドインフレ・レジーム」に戻っていない可能性が高いのでは
    ないかと官邸が考える根拠が一昨日の図です



    | author : 山龍 | 01:04 AM |
  • 今年のアベノミクス2018
    日銀は7月31日、金融政策決定会合において金融政策の変更を行いました
    その主な内容は、以下の通りです

    1) 政策金利についての「フォワードガイダンス」を導入し、「物価安定の目標」の実現に対するコミットメントを強める
    2) マイナス金利が適用される日銀当座預金残高を現状の10兆円程度から5兆円程度に減額する
    3)TOPIX(東証株価指数)に連動するETFの買い入れ額を増額する

    事前のメディアのリーク合戦で話題になっていたイールドカーブコントロール政策に
    関しては、政策金利(-0.1%)、及び10年物国債利回り(0%)の誘導水準自体の変更は
    ありませんでしたが、10年物国債利回りは誘導水準に固定するのではなく、ある程度の
    変動(±0.2%程度)は許容することとされました
    たいした変更ではないのに、これで金融市場関係者は大騒ぎです
    また、国債保有増加額の年間80兆円目標も変更されませんでしたが、必ずしも「80兆円
    増」にこだわらず弾力的に買い入れを実施することとされた他、ETFの購入額も状況に
    応じて変動しうる、とされました

    この政策変更について、市場関係者、及び「日銀ウォッチャー」の間で評価は分かれて
    いるようで、「金融政策正常化(出口政策)に向けての第一歩」という見方もあれば
    「フォワードガイダンス導入によって緩和スタンスは強化された」との見方もあります
    (ただし、この見方は、決定会合後に発表された声明文のタイトルが「強力な
    金融緩和継続のための枠組み強化」であったのをそのまま真に受けたという、マスコミの
    バカさ加減を反映しただけと思います

    この「政策変更」のメニューをみる限り、少なくとも当面は、従来の金融政策の枠組みを
    「変更」したとは思えず、基本的には「ゼロ回答(変更なし)」に限りなく近いと考えて
    いいと思います
    ただ、政策執行という実務を考える上での「リフレ政策(2%のインフレ目標実現)」の
    考え方が大きく変わったのではないかと考えられる面があります
    つまり、今回日銀は、リフレ政策の「ツール」を「量(マネタリーベース)」や「実質金利
    のイールドカーブ」から「実質政策金利」に変えることを明確に示したのではないかと読み
    取れるのです

    続く


    | author : 山龍 | 11:06 PM |
  • 今年のアベノミクス2018
    続き

    2つめの考え方は、「日銀保有国債のディビジア指数」の推移です
    ここでいうディビジア指数とは、日銀の保有国債残高だけではなく、保有国債の「質」を
    考慮した指数で、「質」というのはイールドカーブ上の金利の位置を指します
    「量的緩和」とは、なるべく「現金から遠いもの(利回りが高い金融商品)」を日銀が
    購入し、その代わりに現金等価物を供給することを意味します(現金等価物を金融機関が
    保有していても収益を生まないので、その現金等価物は収益を生む案件に投資され、それを
    きっかけに景気が回復し、デフレを脱却できるという構図)
    したがって、出来るだけ金利が高い国債を購入することが、より「質のよい」国債購入と
    いうことになります
    このような「質」を考慮すると、マイナス金利政策は、短期金利がマイナスになっただけ
    ではなく、同時に長期金利を急低下させたため、日銀による長期国債の購入の「質」をも
    急激に悪化させた可能性が高い見ることができます
    「質」を考慮したディビジア指数の推移をみると、マイナス金利政策をきっかけとして
    急低下しており、さらにいえば、それによって、インフレ率の急低下と円高が生じている
    ことがわかります(下図)






    マイナス金利政策には様々な評価や政策の背後にロジックがあるのですが、結果で
    評価する限りは失敗、日銀が市場との対話を怠りマスコミなどを説得できなかったと
    見るべきです
    ただ、ボク個人の意見では若干違うのですが…
    ちなみに、YCC政策導入によって、10年物国債利回りの誘導水準が0.1%と設定され
    10年超物国債の利回り形成は市場に任せることになりましたが、YCC政策以降、残存期間
    でみた10年超の国債購入量は増えており、これが日銀保有国債のディビジア指数の上昇に
    寄与したと考えられます
    以上より、日銀は「リフレ政策の効果」という点を考慮すると、むしろマイナス金利政策
    の扱いを議論すべきである、またその時期に達していると官邸では考えます

    しかし、ここまでのメディアの報道では、議論の対象となるのはYCC政策とETF購入
    であり、マイナス金利ではないという意見です
    むしろ、YCC政策の停止とETF購入額の減額によって台頭しかねない「金融政策の
    出口論」を封印するために、マイナス金利を深掘りするのではないかという指摘もあり
    要するに、日銀としては、低金利は維持したまま、国債のイールドカーブをスティープ化
    (長期金利水準の相対的な上昇)させ、短期調達・長期運用の金融機関の収益環境を改善
    させようという腹づもりが見えます
    前述の「ディビジア指数」の議論を元にすれば、YCC政策の停止が、長期国債購入額の
    減額を意味するのであれば、金融緩和の「質」をさらに低下させる懸念があります
    図にあるように、「ディビジア指数」の低下は時差をもって、さらなるインフレ率の低下
    に波及するリスクがあります
    現に、この「ディビジア指数」の動きは、先ほどの「デフレ脱却が可能と考える人の割合」
    とも連関して動いており(下図)、YCC政策の停止とETF購入の減額は将来的には
    再デフレの確率を高めることにもなりかねません





    マイナス金利政策の深掘りも、マイナス金利導入後のマーケットの動きを考えると
    「金融緩和政策の限界を露呈した」という解釈から、円高を招くリスクもあるでしょう
    今の黒田総裁に市場を納得させる説明は無理のようです
    (逆にいえば、FRBの利上げ継続等を考え合わせると、円高になったとしてもその幅は
    限定的で日本経済に与える影響は軽微であると考えている可能性もあります)
    このように考えると、今回の政策変更いかんでは再デフレリスクが台頭する可能性は
    否定できず、これが実現した場合には長期金利にさらなる低下圧力がかかり、結局
    国債のイールドカーブはフラットニング化してしまう可能性が高いのです

    現在の雇用環境の改善や設備投資の回復(日銀短観の結果をみると先行きの設備投資拡大
    も期待できる)を考え合わせると、現況は、デフレ脱却まではあと数歩のところです
    もっといえば、日本経済がデフレに陥って以来、最もデフレ脱却に近づいていると思われる
    ことが上記の図や数字で示されています
    これは紛れもなく試行錯誤を繰り返しながら、日銀がリフレ政策の旗を降ろさなかった
    ことの成果なのですが…


    | author : 山龍 | 12:00 AM |
  • 今年のアベノミクス2018
    月初の日銀の金融政策変更を受け、ゾンビのように金融関係者が元気を取り戻して
    いるので、事実関係を整理しておきます

    まず、7月27日に日銀キャリアが腰ぎんちゃくの新聞社に「7月30、31日に開催される
    日銀の金融政策決定会合において、金融政策の変更についての議論が行われる」という
    リークがありました
    政策変更の対象として取り上げられたものは、イールドカーブコントロール政策(YCC
    政策)、及び、ETF購入だそうです
    その時の報道によれば、政策変更の目的は、「現状の金融政策の『副作用』を緩和させる
    ことで、デフレ脱却のために息の長い金融緩和の持続を可能にするため」と書かれてました
    このところ、一般向け不動産投資を巡る地銀の不正融資問題や大手金融グループ系の
    証券会社による国債の価格操作など、金融機関のモラルが問われる不祥事が相次いで
    発生していますが、これらの不祥事の遠因として、日銀の金融緩和の「副作用」が指摘
    されることが度々あり、それに影響された。具体的に言えば、日銀官僚が天下っている
    銀行から日銀OBを通じて要請があったということです

    もし、そうであれば、あまりにも金融機関に甘すぎるとしかいいようがないうえ、認識が
    間違っています
    旧来の日銀(日本経済全体のことよりも金融機関の経営安定を優先する政策スタンス)に
    戻るかのよう思考であり、そもそも、デフレであろうがインフレであろうが、犯罪は犯罪
    不正はどんな時代にもあり、それと金融緩和を結び付ける論理的根拠はゼロです

    また、このところ、日銀の大規模な「量的質的緩和」にもかかわらず、インフレ率は一向に
    上昇する気配がないどころか、ここ数ヵ月は逆に低下基調で推移しています
    「生鮮食品、及びエネルギーを除く消費者物価指数(コアコアCPI)」は直近時点(6月)
    で前年比+0.2%にまで低下しており、再びマイナスの領域に落ち込む可能性も否定で
    きない状況にもかかわらず…です
    一方で、完全失業率は6月には2.2%にまで低下しました
    しかも、今年に入ってから、非労働力人口(いわゆる「Discouraged Worker(長引くデフレ
    で求職活動を放棄していた人々)」)の大幅減少をともなう形で失業率は低下しており
    雇用環境の改善は事実上、加速しています
    そのため、インフレ率は何らかの「構造要因」によって、実体経済とは乖離して低下して
    いるのではないかという見方が再び頭をもたげてきました
    まさにゾンビのような連中です

    かつては、人口減や中国からの低価格品の輸入増が「構造的デフレ」の要因とされて
    きましたが、最近では小売店の販売価格よりも安い通信販売(及びネット販売)の普及
    (いわゆる「アマゾン効果」)が物価を押し下げているとの見方がされています(これに
    ついては日銀もレポートを発表しているし、このインフレ率の低位安定の理由についての
    議論も決定会合でなされています)
    イノベーションがインフレを誘発するなら論理的ですが、Amazonなどの新業態の
    イノベーションでデフレ側に引っ張られるって、どんな論理なのか頭の中を見たいですね

    このように、日銀の金融緩和は、デフレ解消という「メリット」よりも、金融機関の収益
    悪化という「デメリット」の方が大きいのではないかという見方が優勢となり、その結果
    として金融緩和はそろそろやめるべきタイミングにきているのではないかという
    「反リフレ」的な見方が説得力を増しています

    大幅な金融緩和にもかかわらず、なぜインフレ率が上がらないのかという点について
    官邸の調査では2通りの考え方を持っています
    1つめの考え方は、「『デフレレジーム』からの転換が不十分」というものです
    そして、2つめの考え方は、「金融緩和の『質』が劣化している」という考え方です
    まず、1つめの考え方は、インフレの局面とデフレの局面とで、「フィリップス曲線
    (インフレ率と失業率、及びGDPギャップとの関係を示したもの)」の形状は大きく
    異なり、「フィリップス曲線」は、一般的には、現時点のインフレ率を過去のインフレ率
    予想インフレ率、失業率(もしくはGDPギャップ)で説明するものですがその「モデル」
    を用いれば、例えば、失業率(もしくは代わりにGDPギャップを用いても結果は同じ
    である)がどの程度低下すれば、インフレ率はどの程度上昇するかについてのおおよその
    メドがつきます(「感応度」という)
    このインフレ率の失業率(及びGDPギャップ)に対する「感応度」ですが、インフレ局面
    とデフレ局面とでは大きく異なると考えるのが普通ですから、インフレ局面では感応度が
    高くなります
    すなわち、失業率の低下にともなってインフレ率がより敏感に反応し、加速度的に上昇する
    のです。しかし、デフレ局面では、失業率が低下してもインフレ率はなかなか上昇しません
    これはまさに現在のインフレ率と失業率の関係を示していると解釈できます
    (「水平なフィリップス曲線」といわれることがある)
    もし、この説が正しいとすれば、現在のインフレ率の低迷は、何らかの理由で多くの人々
    がいまも将来のデフレ脱却について懐疑的であり、むしろ、将来の再デフレに備えて支出を
    抑制していることを意味します

    圧倒的大多数のエコノミストはこのインフレ局面とデフレ局面におけるフィリップス曲線
    の形状の違いを不思議なくらい全く考慮していません
    しかし、現在の計量経済学のテクニックでは、どの程度の割合の人々が「デフレから脱却
    できる」ことを期待し、逆にどの程度の割合の人々が「デフレは続く」と予想しているか
    を推定することができます(「レジームスイッチングモデルといいます」)
    そこで、これを用いてどの程度の人々がデフレから脱却できると考えているかを推定した
    結果が下記の図です





    これをみると、2013年以降のいわゆる「QQE(量的質的金融緩和)政策)」の発動によって
    デフレが解消すると考える人の割合は急上昇したことがうかがえます
    その後、2014年4月の消費税率引き上げによってその割合は、一旦は低下したものの
    2014年10月末の「ハロウィン緩和」によって、その割合は再び上昇しました
    しかしその後、デフレ脱却の気運を大きく後退させたのが、2016年1月末の「マイナス
    金利導入」であったと考えられます
    「マイナス金利」をきっかけとした急激な円高によって、デフレ脱却を予想する人の割合は
    50%以下に急低下しました(実際のコアコアCPI上昇率の大幅な低下も2016年4月
    以降顕著になりました)
    そして、その後、「YCC(イールドカーブコントロール)政策」の導入によってその割合は
    どうにか65%程度にまで回復し、現在に至っています
    「デフレ脱却」とは、この割合がほぼ100%にまで上昇することを意味するので、65%程度
    の割合というのは「まだデフレ脱却は道半ば」という解釈が成り立ちますし、日銀、特に
    黒田総裁の市場との対話が不十分だと言えます


    続く


    | author : 山龍 | 10:12 AM |
  • 今年のアベノミクス2018
    日本の長期経済停滞の原因は、需要不足にではなく構造問題にあるとする構造派の立場は
    確かに一つの仮説としては成り立っていました
    1970年代までのイギリス経済は「欧州の病人」と形容されるほどの低迷ぶりを示し、その
    様相は「イギリス病」と揶揄されるほどでしたが、その原因は明らかに、経済への過度な
    政府介入や強すぎる労働組合などの「構造問題」にありました
    そうしたことから、1979年にイギリス首相に就任したマーガレット・サッチャーは
    1980年代前半に、国有企業の民営化、政府規制の緩和、労働組合関連法の改正等を含む
    一連の制度改革を行います
    それはこんにち、新自由主義的改革あるいは反対論者の言う「市場原理主義的構造改革」
    の典型的実例とされているものです

    しかし、マクロから見れば、この構造派の供給阻害仮説は、仮にイギリスには当て
    はまったとしても、日本経済にはまったく当てはまらないものでした
    日本の低成長の最大の原因が、[構造問題にではなく]総需要不足にあることは明白で
    物価上昇率、失業率、そしてGDPギャップの推計結果という三つの側面から論証できます
    一時的な景気回復がみられた1996〜97年を除けば、物価上昇率はほぼ一貫して下落し
    続け、完全失業率は、1990年代初頭の2%前後から5%へと、10年間でほぼ3%近く
    上昇しました
    旧経済企画庁の『経済白書』におけるGDPギャップの推計によれば、1990年代の
    日本経済には、対潜在GDP比率で見てほぼ3〜5%程度のGDPギャップが存在していた
    と書かれています
    「日本経済の低成長は需要不足ではなく構造問題から生じた」と主張することは、「日本
    経済にデフレ・ギャップは存在していない」と主張するに等しく、「5%という現実の
    失業率はすべて構造的失業率である」と主張するのに等しい、反知性主義的主張です
    これらの主張が根拠を持つためには、少なくとも物価は一定に保たれていなければ
    ならないはずですが、現実の日本経済に生じていたのは、歴史的にも稀な持続的物価下落
    沙割デフレです

    マクロ経済学教育の最も標準的な分析用具となっていた総需要・総供給モデル(AD-AS
    モデル)を用いて見れば、総需要の減少とは「AD曲線の左シフト」であり、総供給の
    縮小とは「AS曲線の左シフト」です
    総需要・総供給モデルでは、総需要が減少した場合には、GDPギャップが拡大し
    失業は拡大し、物価は下落します
    それに対して、構造的失業の拡大によって総供給が縮小した場合には、インフレ・ギャップ
    が発生し、物価は通常は上昇することになります

    実際、「欧州の病人」時代のイギリスでは、失業が拡大しつつ物価が上昇するという
    いわゆるスタグフレーションが発生していました
    これは、イギリスの場合には、病気の原因が需要側にではなく供給側にあったことを
    示唆しています
    それに対して、1990年代の日本では、失業が拡大しつつ物価は下落していたのですから
    「総需要の減少によるデフレ・ギャップの拡大が失業を拡大させた」ことは、少なくとも
    教科書推論からは明らかだったのです

    冒頭で述べたように、アベノミクスが発動されて以降のこの5〜6年の間に、日本経済は
    「物価の大幅な上昇を伴うことのない失業率のより一層の低下」を実現させました
    実は、この事実は、上の構造派の供給阻害仮説を最終的に且つ完全に葬り去るものです
    というのは、日本経済の低迷は供給側の制約によって生じているという彼らの仮説が
    正しかったのであれば、異次元金融緩和政策のような拡張的マクロ経済政策の発動に
    よって生じる現象は、失業率の低下ではなく、もっぱら「インフレ・ギャップの拡大に
    よる物価上昇」であったはずだからです

    別に、構造改革そのものを批判しているのではありません
    批判の対象はあくまでも、「日本経済の低迷の原因は構造問題にあるのだから、必要なのは
    構造改革であり、マクロ経済政策ではない」といったような構造改革主義というか
    一種の信仰じみた現実妄想的考え方を言っています
    この種の観念的構造改革論の問題点の一つは、それが具体的にどのような政策を意図して
    いるのかがまったく明確でないことです
    あるテレビ局の番組で、以下のような「事件」がありました
    その番組とは、景気優先論者として有名な当時の自民党の亀井静香氏を囲んで行われた
    経済討論番組で、討論の途上で、かねてから金融緩和政策や財政政策を批判して構造改革
    を唱えてきた一人のエコノミストは、亀井氏に向かって、「なぜ政府は小手先の景気対策
    ばかりで抜本的な構造改革をやろうとしないのか」と、語気鋭く迫りました
    それに対して亀井氏は、「それでは、あなたのいう構造改革とはいったい何なのか」と
    切って返したのです
    このエコノミストは、結局それに何も答えることはできませんでした

    当時はこのように、「抜本的な構造改革」というスローガンが、経済政策に関連して
    頻繁に語られていました
    しかし、このマジックワードの内実は、多くの場合、かように曖昧模糊としたもので
    同じことは、アベノミクス批判としてよく目にする「金融政策=第一の矢や財政政策=
    第二の矢は時間稼ぎの政策にすぎず、成長戦略=第三の矢こそが本丸」といった
    近年の議論についても当てはまります
    構造改革主義の持つそうした問題点は、あの小泉純一郎「構造改革」政権が実際に
    何を行ったのかを吟味すれば、より一層明確になります
    2001年に成立した小泉政権は、「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに掲げ
    当時の反公共事業の時流に乗って、一大構造改革ブームを巻き起こしました
    しかし、その政権が5年あまりの間に行った「構造改革」といえば、具体的には
    道路公団と郵政の民営化に尽きており、それらの制度改革は確かに一定の必要性と
    必然性を持つものでしたが、日本経済全体への影響という点では、大海に投げた小石
    或いは、砂漠に水を撒く程度のものでした

    経済論壇の一部では現在でも、「小泉流構造改革路線」と名指しするような、市場原理主義
    批判の観点からの構造改革批判が散見され、大に小に政府への批判があります
    しかし、小泉政権が実際に行った政策それ自体は、アメリカのレーガン改革やイギリスの
    サッチャー改革はもとより、国鉄民営化等を推し進めた1980年代の中曽根政権下での
    改革と比較しても、「抜本的」であったとは言い難く、小泉氏のワンフレーズを取り上げた
    マスコミの体たらくと同様、現実の実績を顧みず過大評価した幻影が残っているだけです


    | author : 山龍 | 12:00 AM |
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